ジューン・ロックハートが死去!100歳まで貫いた女優人生

ジューン・ロックハートさんが100歳という節目の年に静かにこの世を去ったというニュース、思わず「まだ生きてたの!?」と驚いたのが正直なところ。
でもよく考えると、『ラッシー』や『宇宙家族ロビンソン』をリアルタイムで見ていた世代からすると、もはやレジェンドというか、”存在そのものがテレビの母”みたいな方だった。
死去のニュースが流れた時、40代の自分としては「あの安心感ある声、もう聞けないのか」と妙に切なくなってしまった。
死去の日時と場所|自然死として報道
ジューン・ロックハートさんが亡くなったのは、2025年10月23日。
場所はカリフォルニア州サンタモニカの自宅だったそうです。
死因は自然死。家族の長年の友人であるライル・グレゴリーさんが、CNNに発表しています。
驚くべきことに、亡くなる直前まで毎日新聞(ニューヨーク・タイムズとロサンゼルス・タイムズ)を欠かさず読んでいたというから、知的好奇心の塊のような人だったんでしょうね。
最後まで元気だった日常と家族のコメント
家族のコメントによれば、最期までとても元気だったようで。
高齢であっても「まだまだ現役でいたい」という思いがにじみ出ていたそうです。
100歳でその状態って、正直ちょっと信じがたいですよね。
筆者の身内にも高齢者はいますが、新聞読むどころかスマホの操作ひとつで四苦八苦しているのが現実。
それと比べてロックハートさんは、最後まで社会と繋がり続けた「理想の年の取り方」を体現した人だったと思います。
このように、死去のニュース自体は悲しいものですが、それ以上に彼女…いや、ジューン・ロックハートさんの生き方が私たちに多くのことを教えてくれているように感じます。
ジューン・ロックハートの死因と晩年の生活
ジューン・ロックハートさんの訃報を聞いたとき、正直に言って「何か大きな病気でもあったのかな?」と考えてしまった。だけど実際は、自然死だったということで少しホッとした気持ちになったのを覚えています。
100歳まで生きて、しかも最期まで元気に日々を過ごしていたなんて…そういう人生って、理想かもしれない。
死因は自然死|穏やかな最期だった
家族の友人であるライル・グレゴリーさんによると、ロックハートさんは自宅で静かに息を引き取ったそうです。
医療用の機器や病院ではなく、慣れ親しんだ自宅で最期を迎えたというのがまた、彼女らしいですよね。
医療職の友人が言ってたんですが、100歳を超えて”自然死”と言えるほど健康でいられる人って、ほんの一握りなんだとか。
本当に、すごい。
ロック音楽と報道への愛|ギャップある私生活
意外だったのが、ロックハートさんは筋金入りのロック好きだったこと。
ロスト・イン・スペースの共演者であるビル・マミーさんによると、彼女は共演者を連れてハリウッドの有名クラブ「Whisky a Go Go」でオールマン・ブラザーズ・バンドを観に行ったという武勇伝まで残しています。
このギャップがたまらない。
テレビで見る優しいお母さん像との落差がすごい。
自分も職業柄、職場では堅めのシステムエンジニアだけど、実は休日はパンクバンドを追いかけている身としては、妙に親近感を覚えてしまいました。
ホワイトハウスにも出入り!?報道への情熱
もうひとつ驚いたのが、報道に対して異常なほどの情熱を持っていたこと。
なんと、ホワイトハウスの記者会見に報道パスで参加するレベルだったらしい。
それも1回や2回じゃなく、歴代の大統領選をキャンペーンバスに同乗して取材した経験もあるというから驚き。
いったいどれだけ多才なんだこの人…。
自分も一応、最新のテックニュースは追ってるけど、ジューン・ロックハートさんの”時代と繋がりたい”という姿勢には、本当に脱帽です。
このように、晩年のジューン・ロックハートさんは単なる「元女優」ではなく、「時代の観察者」として人生を走り抜けていたように思います。
ジューン・ロックハートの学歴と幼少期
ジューン・ロックハートさんって、生まれたときから「女優になる運命だったのでは?」と思えるような家庭で育っているんですよね。
しかも、あの“お嬢様学校”出身ということで、当時から華やかな世界と縁の深い少女だったことがわかります。
出身校はWestlake School for Girls(現・Harvard-Westlake)
ロックハートさんの出身校は、Westlake School for Girls。
今でいうところの「Harvard-Westlake School」にあたる名門校で、ビバリーヒルズにある超エリート校です。
正直、そこから女優にならずに何になるの?ってレベルの育ちの良さ。
ちなみにこの学校、今でもハリウッド関係者の子どもたちが多数通っているらしく、「セレブ御用達」といった感じ。
エンジニア界にも似たような感覚があって、「あ、この人、情報工学科の○○大出身ね。あー、できるタイプだ」みたいな。人となりって学歴である程度見えちゃうところ、ちょっと似てますよね。
両親とも俳優の家庭で育った幼少期
そしてすごいのが、父親は名バイプレイヤーのジーン・ロックハート、母親も女優のキャスリーン・ロックハートという芸能一家に生まれたこと。
まさに「親の背中を見て育った」パターンです。
初舞台は8歳。しかもメトロポリタン・オペラ・ハウスでのバレエ公演って、なんなんだその初舞台…。
自分の初めてのプレゼンなんて、社内会議でマイクの音が出なくてテンパって終わりましたからね。
このスケールの差よ。
幼い頃から芸術に囲まれ、トップクラスの教育を受けて育ったジューン・ロックハートさんは、まさに「選ばれし人」だったのかもしれません。
『ラッシー』で見せた母親役|実はオス犬だった!
ジューン・ロックハートさんの代表作といえば、やっぱり**『ラッシー』**ですよね。
昭和世代なら一度は再放送で見たことがあるはず。
筆者も小学生のころ、夕方にぼんやりテレビを見てたら、やたら賢いコリー犬が活躍してて、「なにこの人間より頭いい犬…!」と驚いたのを覚えてます。
人気ドラマ『ラッシー』での役どころ
ロックハートさんが演じたのは、ティミーの母親・ルース・マーティン。
1958年から1964年までの6年間、この役を務めて、完全に「テレビの母親」のイメージが定着しました。
元々は他の女優さんが演じていた役を引き継ぐ形でしたが、視聴者からの支持は抜群。
ティミーとラッシーとルースの関係って、安心感そのものだったんですよね。
これ、まさに理想の家族像。システム開発で例えると、「バグのない理想の実装」って感じです。
ラッシーは実は「ラッディ」だった?裏話も話題に
ここでトリビア。
ラッシーって名前なのに、実は演じていたのはオス犬だったってご存じですか?
ロックハートさん自身が語ってたんですが、「ラッシーは実際はラッディ。なぜならオスの方が毛並みがよくて見映えがいいから」とのこと。
しかも、主役のラッシーの他に「走る用」「吠える用」「スタンドイン用」と役割ごとに別の犬がいたという念の入れよう。
もはや「犬版アベンジャーズ」。
人間なら14時間撮影してもOKだけど、犬はそうもいかないという配慮からだそうです。
まさに、プロの現場って感じですね。
『ラッシー』の成功で名を馳せたロックハートさんですが、次はまさかの舞台を「宇宙」に移します。
その名も『宇宙家族ロビンソン』。
では、そちらの名作も振り返っていきましょう👇
『宇宙家族ロビンソン』のママ役で再ブレイク!
『ラッシー』で地上の母を演じたジューン・ロックハートさんが、次に選んだのはなんと宇宙の母。
1965年から始まった**『宇宙家族ロビンソン(Lost in Space)』**で、再び「理想の母親」ポジションを獲得します。
場所が地球から宇宙に変わっただけで、安心感と包容力は健在。
もはや「重力なんて関係ない、お母さんはどこでも強い」っていうメッセージすら感じる配役でした。
モーリーン・ロビンソン役としての魅力
ロックハートさんが演じたのは、家族を宇宙に送り出す母・モーリーン・ロビンソン。
あの有名な宇宙船「ジュピター2号」に乗って、家族とともに宇宙を旅するというぶっ飛んだ設定にも関わらず、なぜか毎週観てしまう安心感。
これはもう、ロックハートさんの安定感のなせる業としか言いようがありません。
「ディズニーランドみたいだった」撮影現場の裏話
ロックハートさん本人は、この作品について「毎日がディズニーランドで仕事してるみたいだった」と語っていたそう。
それくらい楽しかったんですね。
撮影は大変だったでしょうに、それを「遊園地気分」で乗り越えてたというのが、やっぱりプロ。
エンジニアでもそういうタイプいますよね。
どれだけハードな案件でも「今回のプロジェクト、パズルみたいで楽しいね!」って言いながら平然と仕事してるタイプ。
そういう人がやっぱり強いんです。ジューン・ロックハートさんも、まさにそういう人だったんだろうなと想像できます。
『ラッシー』で地上、『宇宙家族ロビンソン』で宇宙、
その後も数々のドラマや映画に出演し続けたジューン・ロックハートさん。
娘アン・ロックハートも女優に!親子で演じた共演作も
ジューン・ロックハートさんが演じる“お母さん”があまりに板についていた理由。
それはやっぱり、実生活でも母親だったからなんですよね。
しかも、その娘さんも女優として活躍しているという、ハリウッド版「親子三代芸能一家」的なエピソード付きです。
アン・ロックハートとの親子共演作とは?
ジューン・ロックハートさんの娘、アン・ロックハートさんもまた、しっかり演技の道を歩んでいます。
しかも、単に同じ女優というだけじゃなく、親子共演していた作品もあるんです。
たとえば、1980年代のドラマ『Magnum, P.I.』では、同一人物の“若い頃”と“現在”をそれぞれ親子で演じるというちょっと感動的な設定も。
世代を超えて同じ役を演じるって、なかなかできることじゃないですよね。
うちの職場にも親子で同じ会社にいた人がいましたけど、さすがに“同じプロジェクトでレビューし合う”ってレベルには到達してませんでした。
娘も継いだ演技の才能と二世女優としての道
アン・ロックハートさんも、テレビドラマや映画、吹き替えなどで活躍。
代表作としては『バトルスター・ギャラクティカ』シリーズなどが挙げられます。
世間では「二世タレントは甘やかされてる」なんて声もありますけど、アンさんはしっかり実力でその地位を築いてきた印象。
親の七光りに見えない演技力って、ちゃんと積み上げてきた証拠ですよね。
技術者の世界でも「親が有名プログラマー」って人、たまにいます。
でも最終的に評価されるのは“自分の腕”ってとこ、芸能界もITも変わらないなとしみじみ感じます。
こうして見ると、ジューン・ロックハートさんは家庭でも、芸能界でも、本当に「後世に残るもの」をしっかりと築いてきた人なんだなと思います。
100年の人生を彩った代表作と受賞歴まとめ
ジューン・ロックハートさんのキャリアは、とにかく長い・多い・すごいの三拍子。
テレビ、映画、舞台、アニメ、さらには声優まで。
ジャンル問わずバリバリに活動していたその姿は、もはや「芸能界のフルスタックエンジニア」とでも言うべき存在です。
映画・ドラマで残した名演技とは?
まずは代表作をおさらい。
- 『ラッシー』(1958~1964):ティミーの母・ルース役
- 『宇宙家族ロビンソン』(1965~1968):モーリーン・ロビンソン役
- 『ペチコート作戦』(1968~1970):Dr.ジャネット・クレイグ役
- 『General Hospital』『The Colbys』『Knots Landing』などにも出演
- 映画では『Meet Me in St. Louis』『Troll』『Son of Lassie』『A Christmas Carol』などに登場
ちなみに最後の映画出演は2019年、94歳で声優としてアニメ出演していたっていうんだからもう…敬服しかないです。
トニー賞・エミー賞など受賞歴も豊富
受賞歴も華々しくて、1948年にはトニー賞 特別賞を受賞。
さらに、エミー賞にも2度ノミネートされていて、1959年の『ラッシー』での演技は「ベスト・リーディング・アクトレス」として高く評価されました。
ロックハートさんの演技力の凄さは、地味だけど堅実に評価されていたタイプ。
いわば、レビューでもバグ出さない安定の実装みたいな。
ハリウッド殿堂入りとNASA表彰も!
そして特筆すべきは、ハリウッド・ウォーク・オブ・フェイムに2つの星を持っていること。
- 映画部門(6323 Hollywood Blvd)
- テレビ部門(6362 Hollywood Blvd)
さらに、NASAから「Public Achievement Medal」まで受賞しています。
理由は「宇宙探査に関する大衆の理解を深めたこと」。
宇宙の母としての役が、リアルな社会貢献にまで発展しているのって、本当にすごい。